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2009年05月20日

美しいう○こ、美しい怒り

 先日書いた、「大脳の排毒は言葉によって行う」という説の続きです。

 コメントにつけていただいたんですが、この排毒というのは、「ありがとう」とか「愛しているよ」というポジティブな言葉で行うという話ではないんです。とは別の話を書こうとしていたのでちょっとずれますがごめんなさい。
 「ありがとう」とか「愛しているよ」というのは、言いかえると、「栄養のような言葉」で、排出というよりは摂取、という点で必要だと思います。がいつも必要ではもちろんありますけどね。

 ここで書こうとしていたのは、「自分の怒り」をいかに上手に外に出すか、ということ。

  あのね、う○こにもいろいろあるじゃないですか。
 量もたっぷり、質も申し分ないのが出てくると、もはや「嬉しい」を通り越して「誇らしい」(笑)気分だし、量が少なかったり、おなかに残っている感じがあったり、形がとどまらなかったりすると、「これでよかったかなあ」という気持ちになりますよね、とくに、ローフードで排泄の快感のグレードが上がってしまうと。

 誤解されがちなんですが、「怒り」って出すのがいけないように思われてますけど、それは、毎日でなかったり、量が少なかったりお腹に残っちゃったり形が美しくない怒りしか見たことがないからじゃないかなあ、って思うんです。
 美しい怒りは美しいう○このように洗練された、そりゃーそりゃー見てうるわしい、しかも1日2〜3回はたっぷり出るものなのです(と言いきってしまいます)。
 
 だって、怒りのもとは毎日たくさん入ってくるんだからね。それなのに今まで出せなかったのは、「怒りのう○こ製造酵素」(?)がなかったから。努力感なしに、自然に出せてくれれば、出すのが恥ずかしくない。どころか、もっとたくさん出したくなるんじゃないかと思うんです。
 
 だけど、う○こと怒りには1つだけ違いがあって、う○こは自分ひとりで出たものを見て「ああ〜〜美しいわ」と自己完結できるけど、怒りはそうはいかないんですね。何があなたをそうさせているのか、どうすれば怒らなくてすむのか、相手に、優雅に伝えられる。それが「美しいう○こ的怒り」だと思うんですね。

 その「伝える」ツールが「言葉」なんですよね。
 人によっては、芸術とかで表現する人もいるでしょう。もしかしたら、料理で表現する人もいるかもしれません。でも、怒っている相手に向かっていきなりのみで彫刻作り出したり包丁で何か切り始めるわけにいかないですし。ちっとも何表現されているかわからない人もいます。
 言葉を使って生活しない人間はいません。パソコンで、コピーしたかったらctrl (またはアップルマーク)+c と決まっているようなものです。相手と自分を結ぶコードで伝えれば、ちゃんと伝わります。それだけのことです。

 それだけのことがとっても難しいのは、怒ると、自己決定能力が鈍ってしまって、ctrl +Cのキーが押せなくなっちゃうんですね。
 でも、ローになったら大丈夫。なぜなら、ローになるというのは、この、キーを押す能力が飛躍的に増すということだから。優雅にCtrl +Cのキーをたたいて、相手に、自分の欲求を伝えましょう(相手はパソコンではありませんが、かなりの確率で伝わることにあなたは驚くでしょう)。

 この自分のコマンドしたいキーを押す能力のことを、アサーティブネスといい、「アサーティブ・トレーニング」という形でワークショップも行われています。

 私が何度も読んで勉強した本は絶版になっちゃったみたいですが、数年前からブームになっているので、たくさん本が出ています。



 そして、これをさらに深いレベルまで突っ込んだものが、「ノンヴァイオレント(非暴力)・コミュニケーション」です。先日紹介したこの本もそうですし、



 英語が読める方は、ローフードの本2〜3冊読んだら、次はこれをお読みになったほうが人生変わるかもしれません。



 あのー、よくしがちな間違いなんですけど、「あの人は心が温かい人だ」っていうのって、非暴力コミュニケーションの考え方からすると、ちょー暴力コミュニケーションなんですよ。
 その人が心が温かいかどうか、ジャッジすることなんかできなくて、自分のニーズを満たしてくれたかどうかしかないから。下手すると、「あの人は心が温かい人だ」「あの人は冷たい人だ」ということで人をコントロールすることだってできちゃいます。
(親子関係で、「あなたはいい子」「あなたは悪い子」で子どもをコントロールできちゃうのと同じ)

 私は今、このブログを維持していくためのスポンサーシップとして英語の勉強法を売ってたり、美しいバストの作り方を売ってたりするんですけど、それら両方とも一生の宝になりうる知識だと思うからご紹介しているわけですけれども(私はローフード屋ではなく「一生の宝屋」なんですきっと^^)、それでもこの「アサーティブ・トレーニング」「ノンヴァイオレント・コミュニケーション」ほどローフードの次にご紹介したいものはないですね。だからうちに来る人にどんどんローフードふるまっちゃうように、この「言葉で表す美しいう○こ」のこともついしゃべっちゃいます。だって、まず、自分が気持ちよくなり、相手も気持ちよくなって、お互いの人生がすごい勢いで変わっていくから。

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この記事へのコメント
そうですよね、「空気読んでくれ」的な風潮には疲れます。
で、要求を言語化するのが苦痛な時は一人に浸ったりしています。
ブログでのやりとりが楽しかったりもします。
Posted by 香奈子 at 2009年05月20日 21:34
>香奈子さん

「空気を読んでくれ」は、トイレに行きたそうな
そぶりでもじもじ、でしょうか(笑)
Posted by 石とも@管理人 at 2009年05月20日 21:53
よく子供に注意する方法としても、やんちゃぶりを叱るのではなくて、よく動きまわって遊んだねと褒めるような方法がありますね。

怒りという感情は、自分の中に同じ資質があって、それを否応なしに見せつけられてしまう、感じさせられてしまうからこそ、ですよね。

私自身は、実は、石ともさんとお会いしたことはないですが、かなりイライラしやすいたちで、しかも敏感なので、日々ネガティブなことをいかに「浄化」し、消し去ってクリアーにして♪それからやっと自分の好きなようにクリエイティブな世界が始まる。。というようなのを待っていたんでは一生そうはならない、という事も事実ですでに知っています。

吐き出すことはもちろんとても大切なことですし、おべっかを使ったり、いわゆる表面上の良い子(今の世の中の過半数)がどういう精神構造上にそう導いて(美智枯れて)いるのかも知った上で、あらためて自分の心と向き合うことはとても大切なことだと思います。

が、しかし。持って生まれた性質、くせ、一度身についてしまった悪い面などはなかなか誰しも直すのは難しい。なぜか?治そうとするからです。
ひとつの個性として認めきってしまえば、案外ラクに自分との折り合いもつけられて、周りも楽、という結果サイクルに入っていくひとつの可能性があります。

クリアーしていたら、また次から次、再現なくクリアーしなければならないような課題がやってきたりはしませんか?好きでその道を極めるという自身の観念なのであればそれはそれで自由にという事なのだと思います。

今回の石ともさんのお話は、まだ続きがあるようですね。参考にさせていただきたくて、待っていますね。
細胞は、言霊の力通りに働いてくれることもまた事実なので、言うようにしていたら、今までだったらどんどん悪い方向へ行って歯止めがなかなか効かないところまで自らを破滅の方向へ導いていたようなのが、おだやかな表情のままで、怒りの感情も特に暴れたい衝動もなく収まりその次への行動にとって有益だと感じています。

私は今まで、敏感で相手の事と自分の事まで混同しがちな怒り方になっていたパターンで、常に人に「損している」と言われてきた人間なので(苦笑^^;)、ひとつの今ハマッている参考書、として昨日のコメントには書かせていただきました。

すごく長くなってしまい、申し訳ありませんm(__)m
とても共感が持てます。正しい方法は常に進化するのかな。。
Posted by jurri at 2009年05月20日 22:04
>jurriさん、

>クリアーしていたら、また次から次、再現なくクリアーしなければならないような課題がやってきたりはしませんか?

小林正観さんの本は読んで、(立ち読みで終わらせちゃいましたが^^;;;;;;)
ホ・オポノポノ的とは通じる、という感じがしていました。
つまり、マインドの中に残るデータを消去して、
二度と同じ問題が起こらないようにする、
という考え方ですね。

でも、具体的に「こうしてほしい」というのも
とてもきくし、それはそれで二度と起こらなくなりますよ。
今適当に思いついた例だと、「私の時間を奪ったことを反省してください」というより、
「次からうちを尋ねるときは電話一本ください」
という、みたいなこと。

アサーティブネスで、「怒りは伝えるもので、ぶつけるものではない」という教え、
私は名言だと思うのですが、「ぶつけるのに伝える」というのは、過去のマインドを
引きずっていなければいないほどやりやすいと思うので、車の両輪ともいえそうです。

>細胞は、言霊の力通りに働いてくれることもまた事実なので、

あ、そっちのほうにお話が今回は
書けませんでしたね。
そのとおりだと思います。
そこのところに「ジャッジメント」
が入っちゃうと
ちょっとややこしいことになるわけです。
Posted by 石とも@管理人 at 2009年05月20日 22:22
最近の石ともさんの記事にはどきっとさせられます。
アサーティブネスも私の大きな課題で…。
ローフードを食べて、ブログをつけるようになってから、自分のことがさらによく分かるようになって、問題が山積してることもはっきり分かってきました。
なんだかイヤになってきて、ローフードごと止めちゃおうか、なんてことも考えたりしたんですが、止められず。
ここでじっくり自分と付き合ってみようと思います。
またお話の続き期待してます!
Posted by あっきー at 2009年05月21日 07:56
ノン・バイオレント・コミュニケーションの本を母にも読んでもらい
2人で練習しています。母には仕事上で直ちに良い効果があったようで
驚いていました。
ローフードとともに即効性を感じるし 石ともさんがおっしゃるように
一生モノの知識です!
小学生の家庭科や道徳(の時間って今あるのでしょうか?)で
子供の時から学びたかった。。。
心身に通じる予防医学になると思うのです。
お菓子を買う値段でレタスやバナナをかえるし、火も使わないですし。
ヘビィな環境をサバイブする力を子供の時にしっているのって大切だと思うのです。
ディベートの勉強はNVCを知ってからの方がいいと思いました。
Posted by 紗和 at 2009年05月21日 16:23
こんばんは。今回もとてもステキで有益な情報を、ありがとうございます。すごく知りたかったことでした。

アサーティブは、以前興味を持ち、本を読んでみよう、と思った所で、止まってました。ご本を紹介して下さって、ありがたいです。

ノン・バイオレント・コミュニケーションも、石ともさんがmixiの日記にお書きになったのを読んでから、ずっと興味を持ってました。検索をかけても日本語の本は分からなかったので、こちらもとてもありがたいです。

英語の本も、興味があります。余り遠くない内に、買ってみようと思います。(ああ、興味がある本がたくさんで、楽しいけれど追いつかないです(笑))

石ともさんのこの記事を読んで、とても新しい発見をしました。個人的なことですが。

私は京都に住んでいます。
有名ですが、京都には独特の暗黙のルールがあります。「表面上"YES"と言っても、それは"NO"」ということが多々あります。やんわりと、断るための知恵だそうです。
(例;「まぁ、考えとくわ」→「No」と言っている)

京都人は、親からこういうことを教わるのだそうです。私は、親の代からここに住んでいるので、誰もそういうことを教えてくれる人がいませんでした(お陰で子供時代すごく苦労しました^^;)。このコミュニケーション方法は、圧倒的に「雰囲気を読め」だと思ってました。不正直な感じがして、すごく嫌いでした。

でも、この記事を読んで、新しい観点が加わりました。
そのルールさえ<お互いが>(←ここがポイント!)知っていたら、この方法は、お互いの考えを尊重しつつ、やんわりと気持ちを伝える、というある意味ではアサーティブ的な手段でもあるのかも、と。

こんなコミュニケーション方法が発達したのは、なんでも「人の移動もなく、長く政治の中心だったので、無用な摩擦を避けるため」だそうです。それはそれで、一つの相手を承認するやり方、なのかもしれません。世の中には色んな文化がありますから、それもOKなのでしょう。

ただ、困るのは、京都の人は、それを万人に、それこそ世界中にでも、通じる、と思ってる所です。わっかりませんがなーヽ(´`;)ノ

ふと思ったのですが、アサーティブやノン・バイオレント・コミュニケーションは、特に女性が身につけるといいかもしれませんね。男性は、はっきりリクエストされないと、女性の望んでることってなかなか分からないみたいですし。女性は、はっきりリクエストするよりも、「察してよ!もう!!」てよく思いがちだし(笑)

記事の本題とはずれていますが、憎しみに近いような感情を持っていたものに対して、新しい見方が出来たことは、とても楽になりました。ありがとうございます。

長くなってしまいましたが、お話しの続きも、楽しみにしております☆

Posted by うさぎもち at 2009年05月21日 19:53
miwawim→momo→ももです。
いつも楽しく拝見しております。
今しがた、子供が寝る前に読んで欲しいと持ってきた本が,「すいかのたね」(さとうわきこ さく え)だったのですが、なんだか内容がシンクロしているような気がして嬉しくなってしまいました。
 すいかのたねがおこっちゃって、ぴゅーんと芽をだしてぐんぐんつるをのばして、登場人物の家の前やベッドの上にドデーンとでっかい実をならすお話なのですが、いつもおいしそうだなあと思って読んでいました。ローフード的に読んだのは今晩がはじめてで、いままでになくその、、、たねの怒りが愛おしく思えました♡
 そんなこんなもこちらのブログのおかげです。ありがとうございます。これからも楽しみにしています。紹介の本よんでみます。
Posted by もも at 2009年05月21日 21:14
石ともさん、お返事どうも有難うございましたm(__)m

ホ・オポノポノは断片的にしか知らないので、また本などを読んでみたいと思っています♪

>アサーティブネスで、「怒りは伝えるもので、ぶつけるものではない」という教え、
私は名言だと思うのですが、「ぶつけるのに伝える」というのは、過去のマインドを
引きずっていなければいないほどやりやすいと思うので、車の両輪ともいえそうです。

・・アサーティブネスとは、どういう意味ですか?
ぶつけずに、きちんと伝える冷静さがすでにあるのならば、それはすでに半分以上クリアーしているような♪ものかもしれませんね!

何はさておいても、自分の身に起こったこと、自分と関わる相手、身の周りに起こった事を受け入れ、認める(認め切ること)が良いようですね。

だけど、何かこだわりなどがあってどうしても引っかかてしまう場合、その事柄は実はその人の際立った個性を反映している、とも言いますね!そこを生きていく時、その人なりの輝きが出るというか。でも他人の事を客観的に観察していたらよく分かるんですが、みんな自分の事となると盲目もいいところで。^^;
Posted by jurri at 2009年05月21日 22:15
みなさん、素敵なコメントありがとうございます^^

>紗和 さん、

おお〜すごいですね。お母様も今後が楽しみですね。

>ディベートの勉強はNVCを知ってからの方がいいと思いました。

私もそう思います。あと、議員とかもね(爆)


>ももさん、

「すいかのたね」のお話ありがとうございます。すいかは怒りを猛烈に伸びていくことで表現したのですね。
うちもいま、朝顔やルッコラの芽でいっぱいで想像できます。

>うさぎもちさん、

>「お互いに」

本当にそうですよね。私も、相手がどうして怒っているか
さっぱりわからないことが5年に1回ぐらいあるのですが、それはお互いの
「物語」が強すぎるせいだとわかりました。

>jurri さん、

「アサーティブネス」というのは「自己表現」「自己主張」と訳すのですが、
ここで訓練するのは、「相手を否定するほど強い自己主張」でもなく、
「自分が遠慮するほど弱い自己主張」でもなく、
ちょうどいい強さの主張をすることで、相手にうまく伝える方法のことです。
テニスのラケットのスイートスポットみたいにね、
そこに当たれば飛ぶ、という地点があるんですよね。
あと、力加減が難しく感じますけど、
ローフードの規則のように、
「朝食は軽く」とか、「ローフードは加熱食の前に」とか
いくつかルールがあって、
それを守ると面白いように効果が出始めるのです。



Posted by 石とも@管理人 at 2009年05月22日 09:27