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2011年07月26日

ともフード 〜その12〜 (非加熱発酵乳製品について、追記)

 非加熱乳製品について、いや、非加熱乳製品を発見したことでの自分の変化について、もう少し書いておきたいこと。

 ローフード、ローベジフードは当然、野菜中心の生活です。少量の動物性たんぱく質を摂ったほうがよいのかは、聞けば聞くほど意見が分かれるところだが、私は、「人間は人間になってしまったとき(=自然界を離脱してしまったとき=子孫を残して種の保存をすることだけが生きる目的ではなくなってしまったとき)から「パーフェクトな食べもの」というものを失ってしまった」と考えているので、そのことを突き詰めることに限界を感じていた。私が私として生まれたことに対する宿題を提出するために、もっと違うことをしたほうがいいような気がしていた。

 そして、食べものを選ぶときに、いちばん気をつけていたのは、「自分の欲望を無理に抑えて、あとで『自分はこんなに自分を律しているのににあの人たちはどうしてそうしないの』みたいな気持ちが残ってしまいかねない選択をしない」ということだった。

 この「不公平感」みたいなものが、世の中を悪くする一番の元凶じゃないかって気がする。これが腹の中にしまわれて本人も気づかぬうちに異常発酵してしまうと、いつか何倍にも膨らんで、他の人の不公平感まで巻き込んで、世界を危険に陥れるようなものを作り出すエネルギーになってしまう、というのが私のシミュレーションである。ナチスのユダヤ人政策とか、そうやって膨れ上がっていったんじゃないかなー。
 原発とかもそうで、たとえばかりに「原発を全廃する」という政策が選ばれたとしても、この「不公平感」が人の心にあるかぎり、人は、もっと危険なものを作ると思う。その危険さに目をそむける姿勢のほうが世の中に残り続けたら、原発が全全廃されたとしても、「世界をより安全な場所にする」というゴールに対して、逆効果のことさえありえる。

 以上のように考えているので、私が日々やることは、「不当な我慢」をしていないか、「不当感をつのらせていないか」という自己検証である。
 
 ローフード、ほぼビーガンフードを、私は「これが一番おいしい」「これが一番身体に合う」と思って食べてきたわけだが、フランスでチーズを見たとき、「ああ、私、これ、我慢してきちゃったかも」という気持ちを認めないわけにいかなかった。そして、実際に口に入れて、「ああ、これを切り捨てて生きるのは、私の人生のためによくない」と思った。

 その後、2回の渡欧を通して(スイスではチーズ工場見学も行った)、非加熱乳の乳製品に出会い、そこから受けるエネルギーを感じて、これが「ともフード」のきもになる。

 まだちゃんと裏づけをとってないのだけれど、非加熱の発酵製品はもちろん、最高のローフードでありリビングフードであるので、動物性食品の中でも、かなりロー的効果が期待できるものと思われる。しかも、それが自分の味覚に合い、幸福感を感じられ、「私は我慢をしている」というゆがんだ恨みを消すことができるなら、それは、動物とは違う意味で、パーフェクトな食べものじゃないかと、私は思う。


(ここで書いている幸福感はあくまで「口に入れたとき」で、身体全体に対する反応についてはもうちょっと違うことがおきるのだけれど、それは、また別の機会にする)

 「ともフード」の割合にしてから……すなわち少量の発酵乳製品をとるが、サラダ・グリーンの摂取がもっと増えてから、おなかの調子はかえって良くなった。たぶん、「自分の好きなもの」を食べることで心が満足し、「身体にいいもの」をより積極的にとるようになったからではないか(サラダ・グリーンも「好き」と思って食べているので、「身体にいいから我慢して食べる」という気持ちではないですが)

 おいしそうなレストランの前を通っても、グルメ情報とか見ても、興味が、ローフードを食べ始めたときもがくんと下がったけど、今回はさらに、「自分は自分のための食べものを食べている」という自信とか確信が 〜ローフードを知って食べ始めたときもそうだったが〜 ふつふつと強くなった。

 ここへきて、私は自分と世界を安全に=平和にする食べもの・食べ方(乳製品だけではなく、献立全体ね)と出会ったと思うのである。自分の中の「たけきもの、あらぶるもの」を処理すること、自分の中の「魂鎮め(=たましづめ)」にコミットすることは、自分に対しても、世界に対しても「貢献」であると私は確信している。

 最近、「静かで確かな幸福感」が強いのは、そのせいだと思うのだ。それが、今の私のエナジーにつながっている。


(追記・ご意見いただいた方、ありがとうございました。後半部少し直しました。「自己発見した」っていってんのに、他の人たちに近づいたような話を書くのはおかしいですね。他人の威を借りている場合ではありません。そして、「危険なもの」ってまさにその自己を二番手におく心だと自分を例に実感したのです。
 そこから出たエネルギーは面白いぐらい他人の反応を招きます。そして、私が「世界を安全にしない、より危険なもの」といっているのはまさにこの心の反応の繰り返しだと思うのです。それは永劫、消えることがありません。ただし、適切な方法をとれば消すことができると発見したことに、私は希望を見ているのです)。


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posted by 石塚とも at 22:00| ある日の食卓から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする