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2011年07月27日

父と娘と拒食症と東京電力 〜その1〜

 ずーっと「ともフード」のことばかり書いてきたところに、唐突にこの記事を織り込むが、そしてあまり社会的ニュースのことは書かないのだが、ちょうど、今までの自分を清算することにもつながると思うので、まとめてみた。

 東京電力の管理職だった39才の女性が渋谷、丸山町で殺されたのは1997年3月。まさにその月に、私は1度目の(ってしたのは今のところ1回だけですが)結婚が破綻して港区麻布十番のさいとうクリニックに通うことになった。1月に予約入れて、2ヶ月待ちで、そのあいだに1日3本ビデオを見始めてとうとう映画評論家になっちゃった。。。
 とまれ、クリニックの上部機関である家族機能研究所ができたのが1995年なので、まだできたての青いパッションがみなぎっていて、斉藤学先生もいろいろな話をしてくれた。その中で先生がものすごく興味を持っていろいろ話を展開していたのが、この女性管理職社員の話である。

 当時の私は、彼女と私の境遇は違いすぎるように思えて、先生の話は正直ぴんとこなかった。まずこの女性は、父親が大好きだったらしく、そこから私には理解できなかった(当時の私は父と話すと自傷行為が出るため、まともに話せなかった)。
 それから、私には、サラリーマンが親子二代で同じ会社に勤めるという感覚がわからなかった。家業と違って、他の会社を選ぶ自由があるのに。
 第3に、先生は、彼女が「父の仇をとる」という発言をしていたことを当時から指摘していた。これが全然わからない。「敵をとりたい」という感覚も、「仇をとりたくなるほど好きな誰かがいる」という感覚も。
 そして4番目に、彼女が拒食症だったことである。先生は、「彼女は、自分が『男だったらいいと思っていたのに』と思っていたかもしれない。拒食症は女性的成熟の拒否、ととれるから(注・それだけではありません)。男だったらもっと順調に昇進して、父の仇がとれると思っていたかもしれない」といっていた。
 私は、潜伏的にその要素はあったかもしれないが、症状としては今までまったく発症したことがないし、表面的には「女性的成熟」を拒否しているとも思わなかった。
 私は当時はカロリーと1日30品目を頭に入れて献立をたてる、ありきたりの栄養感覚の持ち主だった。

 ただ、このとき初めて聞いた、「自己処罰嗜癖」という言葉に、私も自分に同じものを感じて背中が寒くなった。
 この女性は性労働をしていたことがマスコミによって(被害者なのに)大々的に報道されてしまうのだが、先生は「売春は自己処罰だ」という持論を持っていた。

 「自分を罰するために春を鬻(ひさ)ぐ」。売春婦が一般社会からさげすまれるのは、性的興奮という「たのしいこと(とされる)」に対して自律心がなくて、しかもそれで金銭的利益まで得るている、と、さげすむ人たちは考えているのだと思う。でも、自己処罰のために自分に(おそらく、欲しくもない)性的興奮を与えていたのなら、なんか、やりきれないというか救いがないというか。出口がない。道が「生きることが楽しい」につながっていない。彼女は客に向かって「いつ死んでもいい」といっていたそうだが、絶望が死を引き寄せたとしても、むべなるかなだろう。

 私がどうやって自分を罰していたのか、今になってみるともうよく思い出せないのだけれど、少なくとも「こういう自分じゃないと愛される価値はない」という気持ちは自分の中で強かったと思う。「ゆるし」という概念を、あのころの自分は知らなかったように思う。


 さて、どうして被害者は「父の仇をとりたかった」のか? 働き盛りのときにガンで死んだ、というだけで、そこまで会社をうらむことができるのか? それが同じ会社に入社するというモチベーションにまでなるのか? それだけの情報を聞いた限りでは、それって、会社に対する逆恨みじゃないの? という気持ちが、私にはあった。

 ところが、15年たっていろいろ出てきた。
・彼女の父親は、工務部全体を統括する副部長と言う管理職いたが、一年で降格されその一年後のガンでの死亡した。
・降格される前に、高圧の地中送電線を東京都内に引く責任者を務めてからは反原発に転じ、社内で原発の危険性を説くようになっていた。

・被害者女性を東京電力に勧誘したのは、現東電会長の勝俣恒久氏だそうだ。入社後、勝俣氏は彼女の直属の上司だった。彼女は、父親の遺志を引き継いだのか、反原発のレポートを書いて賞をとっている、と、ネット上で情報が出ている。また、性労働を行うようになってから、原発関連にかかわらず、論文を一切書かなくなった、とも。

よって、

1 「仇討ち」というのが、実に、父親の「粛清」に対する仇を討つのだとすると、話は合う。
2 彼女の性労働が、「仇を討てなかった」自分に対する「自己処罰」だとすると、話は合う。
3 彼女が、「もしも自分が男だったら社内権力争いに勝てたのに、女だから力足りなかった」
  と考えて、女である自分を罰するために性労働に走ったのだとすると、かなり話が合う。

 自分の外の世界のことをブログにあまり書かず、自分の発見と変化に常にフォーカスし続けようとしている自分が自分以外のことを書こうと思ったのは、1だけではなく、2と3の「つじつま」のほうにひかれているからである。

 反原発に命をかける親子が、推進派によって粛清されました……、という図式は成り立つ。ただ、それなら、「1」だけあれば必要十分なはずだ。問題は、「仇うち」を果たせなかった娘が、なぜ、「自分を」罰する行為に出たのか、だ(もし、本当に性労働していたのであれば、だが。そこからフィクションだったりして)。罰するなら、父親を蹴落とした人に罰がいくように働きかけるべきでしょ。それなのに、なぜ、「自分」に罰を与えたの?

 前回の記事で、「人は『不当感』があるかぎり、危険なものを作り続ける」」と書いたのだけれど、まさに彼女は、「失敗した方が自分を罰する」という心理に導かれて、危険に自分を追い込んでしまったのだろろうか。だとしたら、光を当てるべきは、この、「仇がとれなかったから自分を罰する」という出口のなさなのだろか。

 〜その2〜に続きます。

参考
被害女性を渋谷で見た、という人のブログ(2007年)
http://sealmania.blog21.fc2.com/blog-entry-275.html

2011年、事件の再審が決まった後、上記の記事に4万アクセスがあったことを報告する記事。
http://sealmania.blog21.fc2.com/blog-entry-685.html

佐野眞一氏のノンフィクションに斉藤学医師が寄せたコメント。
http://www.geocities.jp/out_masuyama/dokusyo01.htm


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posted by 石塚とも at 22:50| ちょっと哲学的なこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする