みなさんこんにちは。数日中に、「ビジー・ピープル」の見本ファイルをお披露目できるように調整中です。今、ちょっと時間ができました。2009年の忘れられない夏を経て、「あれ?」と自分に起こった変化について書いてみたいと思います。
2006年から2009年ぐらいに私の変化というのは、とても「劇的」なものでした。植物でいえば「花」が咲いたような状態です。一気に花が咲いて、皆が立ち止まってその花に目を向けるような状態だったかもしれません。
しかし、2009年の夏ぐらいから、自ら思うのも変ですが、「花を閉じたい」と思うようになっていきました。「これ以上開いてたら季節はずれでも閉じてない花みたいになっちゃう」って。
人生の深いレベルでは、人というのは常に磨かれ、輝きを増していくものかもしれませんが、それがいつも「仕事のプロジェクトが成功する」「人に知られる」という形をとるわけではないだろう、と、感じるようになりました。「万物は流転する」を表す食べもの・ローフードを食べていれば、成功とは常に右肩上がりを表すものではないことは身体でわかります。
今まで愛を受け取る消化力がなかった人は、それをじゅうぶん受け取れるようになりますが、足りればちゃんとおなかがいっぱいになります。でもまあ、いただき続ける愛を「おなかいっぱいですから」といって断ることを思いつかず(おまんじゅうなら平気で断るのにね^^;)ぐずぐずしてたわけですが。
ローフードを食べて健康になってキラキラ輝き始める人はいっぱいいます。でも私の内部では、その輝きは、自然であればこそ、ずーっと続くものではなくて、自然に花が閉じて、次のフェーズに入っていくんじゃないか、という感覚がありました。
人工的な意味でキラキラ輝き続けるというのは、中毒的なものじゃないかと思うのです。甘いパンをおなかいっぱい食べ続けるように、本当の栄養が足りていない。必要な栄養が満たされたら、すっととまる。
そういう感覚。
だってそうじゃないと、世界はいつも人工的にキラキラしていて、右肩上がりで、他の人から見てエンタテイニングなものを求めてしまう。それって、なんか化石燃料いっぱい食いそうというか(比ゆです)、そのことが世界を疲弊させませんかねー。
つまり、つまらない日常、人をひきつけないこと、そういうものに目が向くようになる。飽きないようになる。そういうもののほうが人工的にキラキラしているものより楽しい。そういう感覚ができるんじゃないか、って思ってたんですよね。
で、今、私が超興味があることって、「単語」なんです。
受験生向きの英単語本を買ってきて、飽きもせずに読んでいる。英語教材もいろいろ試しましたが、どんどん地味なものに変わっていきます。何十年もベスト・セラーの文法書とか。
朝、「あ、今日は英単語の何ページがやれる!」と思って起きちゃうんです。朝の5時に。
自分でもまだ不思議です。頭ではまだ「全然楽しいことじゃないよな〜」って思っているから。でも、身体の方が楽しいと思っているのか、やってしまう。
いや、楽しいとか楽しくないとか考えていない。あんまりワクワクさえしない。ただ、「やっている」のです。自分のチョイスは行動のみによって表現されているのです。
ただそこには「静寂」があります。
それって、もしかしてとんでもなく幸せなことかもしれないのですが、自分の顕在意識はまだ「あれ? なんで私こんな地味なこと続けられるんだ?」という感じな今日この頃です。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
2009年09月09日
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(2022/12/16更新)