4月18日が私の誕生日だったんですけど、その直前、つまり、4月の前半は、これでもかとばかり、自分を新たな世界に連れていくようなことがありました。
2009年の夏ぐらいから、私の生活は、なんだか「タフ」なことばかり起こっていました。
3月25日の投稿にも書いたんですけど、「身体の声」を聞いたら、「痛い」しか聞こえないようなことばかりです。スポーツだったら、竹刀持って叩かれちゃうような道場に入ったっていう感じかな?(実際、バレエの先生たちには、よく叩かれてたし。「ほら、肘下がってる!」みたいな)
でも、なんでそんなに痛いことを続けられたかというと、「上達した」「自分で作ってる限界が面白いように取れる」の連続だったからです。
あんまり、みなさんにはすすめないです(笑)、大変ですから。
あと、自分は厳しいことを受けても、周囲の人には望まない厳しさをまき散らさないようにコントロールするのに、最初は慣れが必要でした。
この厳しさが、誕生日前の最後も最後になって、さらに来ました。
4月の7日ぐらいが、そのピークで、8日には、ひどい顔をしていたらしいです(父にいわれた)。
あるビジネスのお試しコースを受けていたのですが、内容そのものはすごくよかったのですが、自分の求めないものもかなり入っていて、さすがにそれが限界値を超えてしまったのです。
「毒」か「薬」かの基準って、人によっても、同じ人でも時期によって、違うものです。
もしかしたら、私にとっても、別のときに受けたら「薬」だったかもしれません。 でも、私には「劇薬」になってしまい、激しい拒否反応を起こしてしまったのです。
というわけで、そのコースに申し込むことはできませんでした。
2週間ぐらいたって、もう一度、父から、「ずいぶん顔色がよくなったな、2週間前は本当にひどかったけど」といわれました。
つまり、誕生日の直前ですね。
そして、誕生日直前、ふと自分の手を眺めてみれば、そこにのっかっていたのは、申し込みしなかったお金と(笑)、自分にとっては「薬」の範囲の、今にはちょうどぴったりのスキルでした。
ほんとうに、あれは、いったいなんだったんだろう?
ひどい虎の穴みたいなところに入って、出てきてみたら、違う人になっていた。
どれぐらい違う人になったかというと、父の態度が変わりました。
「あれは大丈夫か」「これは大丈夫か」何がなくても見つけ出していうタイプの人なんですが、ぴたりといわなくなりました。
たぶん、「この娘は、もう大丈夫だ」
と父が思えるだけの、「気」が、私から出てきたんじゃないかなーと思うのです。
「自分はもう安心して大丈夫だ」というムードが、父から漂い始めました。
まだ、何もしてないですけど(笑)。
安心しすぎて、「最近、めっきり身体が弱ってきた」とかいって、すぐに昼寝しちゃうようになりました。
おいおい(笑)。
つまり、父の方の執着がとれたと思うのですよ。
「子どものことを心配することに対する中毒」が突然終わっちゃった。
当然ながら、私は突然、自由になったんですね。
自由になって、誕生日を迎えたんです。
誕生日を迎えた後、私は、よく、ここ30年ぐらい(中学校ぐらいから今まで)のあいだに、「やろうと思ったけど、できなかったこと」のことを思い出します。
あと、ローフードを食べて、自分の運命が変わり始めてから、それでも、体力、気力の限界でできなかったことをいろいろ思い出します。
それらは、今後、どう変わっていくでしょうか。