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2011年03月02日

孤独から解放されたくて始めた

 何度もこのブログには書いてるんだけど、「ローフードを広めたい」という気持を持った理由というのは私の行くところでどこでも果物とサラダがふんだんに出て来てほしい、レストランに入ったときにいちいち説明しないですんでほしい、ということだった。そういう食べ方を「おいしいね」「気持がいいね」という感覚を共有できる人が増えてほしい、ということだった。同じ味覚の共有への希求、ということだ。もしも私に「ローフードを広める力」が強かったとしたら、この「孤独から解放されたい感」が、いかに強かったか、ということだと思う。

 で、ローフードに関して「こっちの方が気持がいいのに……」という感覚で孤独を感じることは、もはやほとんどなくなった。先日雑誌の取材でmamiさんとmimi さんとmii さんと(みんな名前が似ている。。。)一緒に取材を受けたのだけど、「こっちの食べ方の方が気持がいいのに、なんで?」という感覚は完全に4人に共有されていて、取材で「そういう生活にあきちゃったりしないんですか?」と質問している記者さんのほうが完全にマージナライズド(主流から傍流に追いやられること)、という感じだった。

 ところが、ローフード以外の他の生活感覚でどうかというと、これが全然、孤独なままなのだ。私は、身体がローになってクリア感が増したら、私が感じている他の感覚はそこから演繹されたものなので、当然ローフーディストなら誰でも共有できるとだろうと無邪気に考えていたのだが、そういうわけでもなくて、これは想定外のことだった。中には、私とまったく逆の方向を「気持いい」と感じているように見える人もいて、これには今でも「人はそれぞれ違うのだから」と思えないとまどい感を感じていたりする。

 やばい、私は自分が感じた「気持よさ」をもっと共有したい。そうじゃないとまたローフードの初めのときと同じ孤独感だ(笑)
 そういうわけで構想したのが「寺子屋」だと思う。

 でも、ローフードより、この「気持ちよさ」は知らせずらいかもしれない。
 まず、「アメリカから来た」とか「ハリウッドセレブも夢中」とかいうのがないし、
 すでに実行している人の数は、ローより少ないと思われる。
 学位をもったお医者さんがエヴィデンスを提供してくれるわけでもない。
 「売上」とか「愛人の数(おい!)」とか、数値を出せるものはないわけではないが、
 自分の心の中の「感覚」でしか示せない部分も多い。
 「感覚」を語るとなると、自分のプライバシーにも触れないといけないので、ブログでは安全確保が難しいのでメルマガにした。
 私はいつもローフードのことを説明する時、「ヘレン・ケラーが『水』を知ったときと同じです。手を出して『ばしゃっ』と水が当たったときしかわからない感覚というのがあるんです」といってるんだけど、その感覚をレイズしてあげるというのは、結構手間がかかる作業だ。

 何より、その「気持よさ」を、「私にも必要なものだ」と思ってもらえるのかなあ。「この人、ローフード食べたらいいのになあ」という人に「加熱肉こそわが命」みたいな言い方されてがっかりした経験を一度ぐらいしたこと、ありますよね。
 ローフードというか、ナチュラルハイジーンって、数年前までは、本当に変人の食べもので、っていうか、当時は「野菜を食べる」ってことがこんなにメジャーじゃなかった。頭ではわかってたかもしれないけど、消費傾向がまるで別方向だった。

 ローフードを食べて納得した理由って、身体の感覚だった。今まで「考える」ことばかりが得意で「感じる」ことが全然苦手だった私なのに、2006年のゴールデンウィークに東芝のジューサーで作ったジュースを飲んだとき、身体が、はっきりと「イエス」といった。それまでも健康食には気を使っているつもりだったが、身体がぼんやりした感覚は消えず、ローを知る少し前に、きくちゆみさんの家でワークショップに参加した時も、そこで食べたものに対して自分の身体は「ノー」といった。ゆみさんご本人も「健康になる」と自信があり、他の参加者も、「こういうもの毎日食べたら健康になれるわねえ」とか口々に言い合っている中で「ノー」を感じるのは、相当の疎外感だった。

 それでもローフードの場合は、その後効果を実感したゆみさんが強力な援護者になってくれて、それで本を出すことができたわけなのだけれど、このたびはそれもない。他のそういう人もいない。

 私の前を照らす小さな明りは、ジュースを飲んだときに感じたのと同じ「イエス」という感じが、今、非常に強くある、ということと、最近、私に近寄ってきた人(主に英語の生徒さん)が、ちょっと「何かに触れた」だけで、面白いように変わっていってしまうこと。
 つまり、彼女たちが「こっちの方が気持がいい」という感覚を感じ始めている、ということ。

 そして、その「気持いい感覚」は、誰もの「一生のタカラ」になれる可能性があるということ。
 

 その感覚を共有できる人がもっと増えてほしい。私だけ快感が違う孤独は嫌です(笑)。その思いは強い。強くて強くて、拡散されたくてしょうがない。
 だったら、寺子屋も、ローフードと同じように、うまくいく。

 …と、祈ろうかな。なにしろ100%、かなうのだから。

 
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posted by 石塚とも at 23:33| ロービューティ寺子屋バックナンバー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする