(私はその2,3日後に来ました)
そのうえPCの調子も悪くなって両手をもがれたみたいだったのですが

現在は復調しています。
私の酷使では1年しかもたないと思っていたのに
2年半頑張ってくれたPC君、交換を決めました。ごくろうさまー。
さて、最近のいい(劇的な?)ニュースは、父がスマホを持つことに
積極的になってくれたことです。
(↑最近ヒマになった理由は、自分の作業見直しもありますが、このように、
周囲の人が私の時間を減らさないように行動してくれることが
次々起こっています。背景は複合的なので、また寺子屋メルマガなどで)
「父がスマホ持ってくれたらなー」というのは、
私の仕事を減らしたい一心からの希望だったわけですが、
本人が積極的に興味を持ってくれたのはありがたいことです。
・一応、娘に負担がかからないように気を使ってる。
・自分で操作できないとストレスだ。
両方なのだと思いますが……。
今は、買い物1つとっても、
希望のものを私がネットで探して届け先を父の家に指定して
注文する、という状態なので、
私はもちろん時間がとられるわけですが、
本人としても、「これが欲しい」と思ってからすぐに自力で注文できないというのは、
それなりにストレスだろうと思われます。
で、これの何がめでたいかというと、
2つの側面があります。
・「父の自立化」
と
・「父のデジタル化」
です。
両方は二匹の龍のように絡み合っていると私は思うのですが、
つまり、デジタル化されると自立化は非常に容易になるのだなあ、と思います。
「容易になる」というのは、
やりやすくなる、と同時に、
楽しくなる、ということでもあります。
本人の自主的活動を促すからです。
例えば「この本読みたい」と思った時に、すぐ行動を移すことができるのは、
高齢者や動きが制限された人にとっては光明です。
(なんかこう書くと公的サービスがやるべきじゃないかって気がしてきますが
公営でアイフォンが開発される、なんて想像つかないし、
逆に言うと、バリアフリー化も民営パワーにはかなわないのかなあ。。。)
(追記)…というか、父にパソコンを4年間教えてきて、結局ついにできなかった
(覚える気がなかった)のだけど、
スマホってやつは、テクノロジーの方からそういうおじさん達に近づいてきてくれた、
っていう、この図式がすごいよ。。。
(パソコン使えないけどスマホはできるおじさん、って21世紀だよなーと思う。
うちの父は1988年にNTTから発売された「肩からの次の携帯電話」を持っていた。これ!)
ので、まさに一足飛び)
「自立化」というのは、もっと基礎的なサバイバルの意味も含んでいまして、
実際、スマホを持ってもらいたい最大の理由は、
災害対策です。
たとえ一緒に住んでいたとしても、
24時間行動をともにしているわけではないのですから、災害や不慮の事故、体調不良などが起きた時に
情報確認ができるツールとして、スマホは携帯の何倍も強力です。
・携帯の電波がつながらなくても、wi-fi(スカイプやフェイスブック、フェイストーク)などを
使って、通話ができる可能性が高まる。
・最近、アプリにNHKラジオ(らじる☆らじる)を入れることができるようになったので、
ラジオ電波が届かないところでも、ラジオを受信することができる。
この2つだけでそのパフォーマンスは大きいと思います。
あとは充電器の購入ですね^^;(災害時、あの電池の持ちでは役に立たない)
孫正義さんは、「情報」はデジタルであることが必須で、
アナログであるものは情報ではない、と言い切っているそうです。(又聞き)
15年以内に紙情報は全部なくなる、とも言ってるとか。
(たしかにうちからも紙が減ったよねー)
情報とは、アップデートが容易にできてこそ価値を発揮するもの、という観点で言えば、
そのとおりですね。。。
依存とは電力よりも化石燃料よりも世界最大のエネルギーの無駄遣いだと思うので、
それが地球から1つ減ったら地球から過剰な負担が1つ減った、ということじゃないかと思います。。。
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