日本の新東京国際空港〜別名・成田空港〜が東京の北東、「東京」と名前がついていても千葉県に位置するように、パリのシャルル・ド・ゴール空港も、実際は、パリの北東25キロ、ヴァル・ドワーズ県のロワシーという小さな村にある。ロワシーは、フランスの東北地方と鉄道でつながっている。地理的には、成田というよりは、大宮と似ているかもしれない。
ノール(「北」という意味)・パ・ド・カレー地方の首府、リールは、その北端にある街だ。その先の海底トンネルを抜ければ90分でロンドンへ、新幹線TGVに乗れば30分でブリュッセルに到着する。
日本に帰る前夜は、だから、パリよりも、リールに泊まることが最近の習慣になっていた。パリ市内で荷物をゴロゴロ引っ張って空港に向かうと、ホテルからトータルの時間を考えると90分ぐらいかかってしまうが、リールなら、シャルル・ド・ゴール空港行きの新幹線TGVが1時間に一本出ており、駅前のホテルで預けた荷物を受け取って、電車に乗ったら、45分で空港に着いてしまうのだ。ちなみに料金は44ユーロ。パリ市内からシャルル・ド・ゴール空港までタクシーに乗ると、60ユーロぐらいかかる。
エール・フランスが羽田に就航したのをきっかけに時刻表が変わって、東京行きの飛行機の離陸は夜の23時25分だった。何かトラブルが起きることを見込んでも、最終の1本前、夜の7時にリールを出るTGVに乗れば、余裕をもってCDG(シャルル・ド・ゴール)に到着できる。
パリよりリールから空港に行くのが好きな理由は他にもいくつかあった。適度に都会だけど、パリほど人でごった返していないこと、そのわりに、訪ねる価値がある美術館や歴史的施設(ド・ゴールの生まれた家や、リールから電車に1時間乗った郊外に、なんとルーブル美術館の別館があるのだ)があること、ショッピングや映画も疲れ過ぎない程度にこじんまりしたエリアに固まっていること。ユーロスターの発着駅、リールユーロップ駅の周辺のホテルはピカピカで、しかもパリよりずっと安く快適なこと、そして、パリでは見るのが悲しくなってしまうほどたくさんいる物乞いやホームレスもここでは少ないことだった。
パリでは、1回地下鉄に乗ったら、一人は小銭を求めるカップを持って回ってくる人に出くわす。アンプを持ち込んで一曲歌うタイプ、「わたしは○○国から来た移民です。家族が12人います」とカードを配るタイプなど、流派も豊かなぐらいである。世界中どこに行っても現実から逃れることはできないとはいえ、厳しい資本主義の現実を前に、どうしていいかわからなくて気まずくなってしまう自分を体験するのは好みではなかった。
もっとも、リールでもホームレスはそれなりにいる。1994年に竣工したリール・ユーロップ駅の周りはそうでもないのだが、昔からの中央駅であるリール・フランドルの周りは、赤ら顔の男たち(ときには女も)が所在なげに並び、おしっこくささに息をとめて歩かないといけないほどなのだ。
もっとも、彼らは、その場所で仲間同士酒を飲んだりおしゃべりしているだけで、列車に乗り込んで来る、などということはない。とくに、全席指定で検札が厳しい新幹線、TGVには。
だから、GDG息のTGVに乗ろうとして、他の客とはあきらかに雰囲気が違う男〜車輪のついたキャリー・バッグでなく、薄汚れたスポーツバッグを抱え、目が赤く、何より、欧米ではめったにありえない酒のにおいをぷんぷんさせ、おまけに歩き方までおぼつかないその男がわたしと同じ車両に乗り込み、しかも、わたしの隣の席だとわかったときは、げげっと思ったのだ。
今回の一週間の旅行は何もかもいいことだらけの収穫の多い旅だったのだけれど、最後の45分間は、今までと違った経験になりそうだった。
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(2022/12/16更新)